2012.04.11 09:09
関東部会(2011年6月5日 14:00~17:00 於:大阪経法大学東京セミナーハウス2F会議室)
【第一報告】
報告者:瀬山 岬氏(千葉大学大学院修了)
テーマ:コリアンの事例から眺める葛藤とつながり―「在日コリアン」・「中国朝鮮族」の「国籍」「民族」「個人」
討論者:権 香淑氏(早稲田大学アジア研究機構)
【報告要旨】
「国籍」「民族」は「個人」にとってどのような意味をもちうるのか。多種多様であるはずの「個人」が、「国籍」「民族」という制度・概念によって一元化され、排除されてきた歴史的過程と現在。また、それによる「個人」の葛藤。「国籍」「民族」「個人」におけるズレから生じる葛藤がどのようなものであるのか、「在日コリアン」の人たちと「中国朝鮮族」の人たちを例に、その歴史的背景・共通点・相違点を報告する。また、一方で、「国籍」や「民族」をきっかけとしてつながっていこうとするこころみが、排他性をもつのではなく、さまざまな人々と共存をするための土壌を広げていく可能性を含んでいることも併せて報告したい。
まずは、「国籍」ないし「民族」という「カテゴリー」に対しておこなわれた差別や暴力を生み出す構造を把握した上で、「個人」と「カテゴリー」の関係性を見ていく必要がある。「国籍」を所有しているという唯一の条件によって様々な人々がひとつの「国民」として統合されているが、その一方でその統合された「国民」というイメージで雑多である「国民」ひとりひとりを規定することができない。
例えば、在外同胞が労働の現場に入ってくることによって、内国人の雇用が脅かされるのではないかという不安感は、「民族」という概念だけでは解決できない「雇用の不安定化への不安」という壁にぶつかっている。理念上は同じ「民族」でありながらも、制度上は「外国人」として見られざるを得ないというジレンマ。韓国が「単一民族国家」から「多文化社会」へと変化したことにも関連している。
「中国朝鮮族」の人たちないし「韓国社会」と一言で言っても色々な「中国朝鮮族」の人たちないし「韓国社会」がある。このことは考えてみれば一人一人の人間が違う以上当然のことである。「何者かになれ」「いずれの国民であるか」という要請は、アイデンティティを確立せねばならないという強迫観念のもとで葛藤を伴うと思われる。
【討論要旨】
本報告は、表題に明示されているとおり、「国籍」、「民族」、「個人」をめぐる在日コリアンと中国朝鮮族の比較研究である。「個人」というテーマはさておき、「国籍」、「民族」というテーマについては、これまで、在日コリアン研究であれ、中国朝鮮族研究であれ、数多くの研究で取り上げられてきたように思う。しかし、この両者の比較については、正面から取り上げられた研究は決して多くない。この意味において、比較的手薄な新しい分野に光を当てようとする意欲的な研究であると言える。以下、本報告では割愛されていた論点を中心にコメントないしは問いを三つほど提示したい。
まず、国籍問題を考察するに際しては、当事者の意思とは無関係に法的に定められる「上からの国籍」、兵役や参政権など権利/義務を把握する「下からの国籍」、文化的アイデンティティとしての「内なる国籍」という三つの側面を分けて考え、それらがどのように絡まりあうのかを捉えることが重要であるよう思われる。本報告で取り上げられた、機会主義的な国籍という捉え方は、「上からの国籍」にほかならないが、国家側の機能主義的な側面と、その国籍が付与される個人側、つまり、先ほどの分類でいえば、「下からの国籍」や「内なる国籍」の多方向からみていく必要があるのではないか。本報告の土台となっている報告者の修士論文では触れていたが、あえて割愛したのは何故なのか。
次に、本報告は、非常に広範囲にわたる時代を扱っているが、戦後から1990年代以前までの、国籍をめぐる様々なイッシュウが顕在化した時期が完全に抜け落ちてしまっていると言わざるを得ない。とりわけ、分断国家の成立と冷戦の展開という時代背景のもと、朝鮮半島の南北対立が直接影響を及ぼした在日コリアン社会では、「上からの国籍」、つまり「朝鮮籍」か「韓国籍」をめぐり政治・社会問題化した時期である。付随して「内なる国籍」が問題となったことは言うまでもなく、「下からの国籍」という意味あいでも、参政権に対する在日外国人の問いかけという形で提起された時期である。歴史的には、1975年に北九州在住の崔昌華牧師の問題提起に始まり、現在は、地方参政権をめぐる問題として顕在化している。つまり、中国朝鮮族と在日コリアンとの異同性が現れる重要な時期を割愛してしまっている点で、残念だと指摘せざるをえない。
最後に、冒頭で言及したように、個別の先行研究が汗牛充棟で、非常に多い一方、それらの比較がなされてこなかった背景には一定の理由があるのでは、と問うてみる必要があるように思われる。そもそも、「国籍」「民族」「個人」なる概念は、欧米から輸入してきた言葉であり、非西欧社会における固有の概念ではない。その知的伝統性に欠く概念をもって、果たして、在日コリアンと中国朝鮮族のありようを比較しうるのか、といった問いである。卑見の限り、二つの在外コリアン社会の異同を問うのであれば、それぞれの社会を構成する歴史的背景や在住する国の成り立ちにまで深く切り込んでいく視点が不可欠で、「国籍」「民族」「個人」という「輸入概念」を、当事者たちがどのように受容/抵抗/拒否したのかを比較の軸に据えることが望ましいように思われる。
◆第二報告
報告者:李 蓮花氏(東京大学外国人研究員)
テーマ:「誰がケアするのか―日中韓におけるケア・レジームの比較」
討論者:李 鋼哲氏(北陸大学)
【報告要旨】
ポスト工業化における最も革命的な変化は女性の働き方と家族の在り方の変化であると言われている。このような変化は、いままで暗黙的に「家族内」の問題とされてきた「ケア」の問題をクローズアップさせる。特に「家族主義」が強いといわれてきた東アジアにおいては、今後急激な少子高齢化に伴い、この問題がより先鋭な形で現れると予測される。そこで問われるのはケアをめぐる国家‐市場‐家族の関係の再構築である。本報告では「ケア・レジーム」 という概念を通じて、ケアを取り巻く社会的構造にアプローチしようとする。
社会政策において東アジア諸国はしばしば「開発主義」または「生産主義」と一括りされるが、ケア・レジームに関してもこのようなモデルが存在するだろうか。本報告では、近年活発になりつつある、ケアに関する東アジア比較研究の成果を整理し、その上で、日本、中国、韓国におけるケア・レジームの実態を明らかにする。具体的には高齢者と子どものケアにおいて、各セクター(家族、政府、市場、地域)が担っている役割を考察し、それらを各国の工業化と社会変動のなかで吟味する。本報告は、ケア・レジームの形成に関する政治経済的分析のための第一歩として位置づけられている。
【討論要旨】
本研究は、社会福祉領域における東アジアの横断的比較研究であり、少子高齢化の中での東アジア諸国・地域における子供のケアに焦点を絞って「ケア・レジーム」という概念を導入し、いくつかの大都市を事例に分析を試みた、有意義な興味深い研究である。
一つ目のコメントは、分析手法として、アンケート調査などによる大都市の育児をだれが担っているのかの比較したのは有意義だが、変化が激しい東アジアの新興工業国の事情を把握するためには時間軸を導入することが望ましい。5年や10年単位で社会情勢が大きく変化していくので、福祉問題をめぐる社会的な構造も変化していくことを念頭に入れるべきである。
二つ目のコメントは、ジェンダー問題である。日本や韓国と中国、台湾などでは社会的な構造においてかなり差異があることを視野に入れるべき。たとえば、日本や韓国では「専業主婦」という概念が普遍化し、子育ての主役を担っているのが戦後社会の一般状況といえる。ところが、中国では社会主義的理念に基づいて男女平等と就業機会均等政策を進めていたため、女性の「専業主婦」化はあまり見られず、子育ての社会化がかなり進んでいる。したがって、単純比較は困難であり、何らかの条件設定が必要であろう。
最後のコメントとして、東アジア社会は儒教思想の影響が程度の差はあれ強く存在しているので、「幸福論」の視点から社会福祉問題を考えると、西欧的な福祉社会の理論や制度論だけでは捉えきれない問題があるのではないか。西洋的な近代化により社会進歩が達成された面は否定できないが、「無縁社会」という概念に代表されるように、東アジアの伝統的な家庭観やコミュニティ観を再考した福祉社会を考案したほうが望ましい。
(以上)
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